忘れていたのは、底に「希望」があることだった
ひと組の男女がいる。
二人が出逢いを運命と感じられるようになるまで、多くの時間は必要なかった。
ただ、男は立場に忠実であろうとするために躊躇い、女はそれを察して日常を装った。
二人は、ただ口を噤んでいた。
もし、この二人が互いの役割を担わず出会っていたなら、時を置かず運命に従うことができただろうか。
「秘密」
他人に知られないよう配慮することを秘密という。
だが、二人のそれは、互いの前に差し出され、いつでも覗き見ることができる特殊な秘密であった。
毎日のようにヘリコプターを眺めていた。
島に住む○○らには当たり前の風景だが、鬼因杜中にとっては成すべき必然としてしか映らなかった。
小学5年のケガは、自作のヘリで崖から飛び降りたことによるというのは、今でも語りぐさになっている。
それでも、彼は失望というものが理解できなかった。
それは、胃痛を知らぬものが、胃の位置を実感できないということに似ている。
そんな彼が、当たり前のようにパイロットになり、やがて貴女(上司)と出会う。
しかし、鬼因には、規律の放つ空気というものが、あの時の崖よりも、はるかに高く感じられていたのだった